横浜〜上海物語1

ではここからは、上海物語にお付き合い下さい。歴史上のミスがありましたら、また教えて下さい♪
お話しできなかった事も含め、アップ致しますね☆

「上海リル〜ダイナ」今日のキーワード、1930年代のヒット曲です♪

上海は、横浜の友好都市の一つでもあります。

実は、明治時代、国の定期船航路が開かれたのは、横浜〜上海間が第一号。

飛行機のない時代は、船が花形です♪

今、龍馬伝の語りをやっている(笑)岩崎弥太郎、三菱が第一号を出航。当時の船の航路は激戦。

まずアメリカ、ついでイギリスが乗り込み、価格競争に苦しみますが、国が「この航路は国家の生命線だ」と言って、バックアップし、見事確保。

この時、海運業については国が支援するという事で、三菱もこの事業については「日本郵船」と名前を変えます。

以後、地理的に、神戸や長崎が上海航路の中心となっていきましたが、横浜航路も大切な航路の一つでした。

さて、1936年7月7日、横浜から上海へ旅立ったカップルといえば!

自由劇場という劇団のヒット作、上海バンスキングの主人公。

クラリネット吹きのシローと歌姫のまどかです。ジャズがやりたい一心で、軍国化する日本を飛び出したジャズマン達の夢を、緊迫する時代背景の中で描いた名作です。

「バンス」というのは前借り。一文なしで乗り込み、稼いで返すはずが、女遊びとばくちに使ってしまう。それがステータスだといって繰り返す、バンスキングやバンスクイーンが沢山いました。

しかし、男達はやはり戦争に駆り出されたり、ジャズができなくなって阿片に走ったりしていく。

まどかはその中でひたすらよりそい、歌い続けます。作品の代表曲です♪

「あなたとならば」