声明

夜、東大寺の修二会の声明を聞いた。

楽しみにしていた。

こんなの、なかなか聞けない。

大きな舞台上にお堂が再現され、僧侶たちの美声が、底の方から染み渡る。

勇ましい足音、ホラ貝や数珠の音、結構リズミカルなのだが、やはり特別な緊張感があった。

見せ物ではないからだ。それを舞台に上げているから、不思議なのだ。

ずっと考えていた。何に向かって歌ってるんだろ。

で、いまさら思った。仏様っていうのは、たましいのことだ。

例えば何かが死んだ時、その瞬間に立ち会ったら、魂の温度がまだ生々しい。

その、まだ近くにいるんじゃないかと思う瞬間の感覚を味わってしまったら、違和感て一生のこる。

炎を囲んで円になった彼らの声が、一斉に揃った時、真ん中に無数の魂が湧き上がってくる気がした。

怖いことではなくて、切なかった。

よく考えたらおじいちゃんの命日だった。